「寧々。俺は寧々に感謝してる。俺と美羽には過去がある。俺が芸能人をしている限りいつ世間に知られても仕方がないことなんだ。自分で言えることでもないから助かったよ。これからは堂々としようと思ってるんだ」大くんは優しい笑顔を浮かべた、その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる寧々さん。小桃さんも、穏やかな顔で見守ってくれた。「……幸せになってね。もう、迷惑かけないから」「ああ、寧々も。寧々には、本当に感謝しているから。これからも、美羽と寧々を応援するから」大くんの言葉に私もうなずいて寧々さんを見ると、泣き顔から笑顔に変わった。その表情も絵になるほど美しい。「小桃さん、ありがとう」寧々さんは小桃さんの方に向いて頭を下げた。「あなたは本当に才能がある大女優になるわ。私、結構予想が的中するの。だから、心も磨いてほしかったの」昔から小桃さんは少し変わっていたけど、すごく器の大きい人だった。こうやって皆をつなげてくれた小桃さんには、感謝しなきゃ……ね。「じゃあ、夜も遅いし帰ろう」立ち上がった小桃さんに寧々さんはうなずいた。そして私を見て「遊びに来てもいい?」と質問された。「勘違いしないでね。友達があまりいなくて寂しいだけなの。……ま、要するに……あたしと友達になって」上から目線だけど精一杯照れながら言っている寧々さんは、なんだかとても可愛い。テレビや雑誌では見ない新たな一面を見た気がした。「はい、喜んで」「ありがとう」二人を見送り、大くんと二人きりになった。「美羽、いろいろありがとうな。やっぱり、俺にはお前しかいないわ」優しく抱きしめてキスをしてくれた。リビングに繋がる廊下の壁に押しつけられて、いつも以上に甘く激しいキスをくれる。「美羽、愛してる」「大くん」嬉しくて自ら唇をくっつけると、大くんの舌が絡められた。私の髪の毛に手を差し込んで頭を固定して唇を重ねる。愛しすぎてるから、この先もしたいってついつい思ってしまった。それを察したのか胸の膨らみに手が添えられた。ピクッと反応してしまうと、クスクスって笑われた。「美羽は敏感だな。可愛い」「恥ずかしい」顔が熱くなっていく――。「大くん……っ、駄目だってば。早く寝よう」これ以上触れられると、本当に大くんを押し倒したくなる。大くんの体はどうすれば治るのかな……。「わかった
第五章 一生懸命にパフォーマンスする姿今日はCOLORのライブだ。朝から楽しみだったが、久しぶりに外へ出るので緊張する。大くんを見送った。日中は掃除をして洗濯をして落ち着かない時間を過ごす。午後からはインターネットで料理の勉強をする。「ああ、いつまで出社できないのかな」このままだと、退職することになるのではないかと不安になっていた。一生懸命働いてきたから職場を失うのは切ない。やり残したこともある。仕事を失ったらどうやって生きていけばいいのだろう。時間になり外出の準備をする。あまり目立たないようにグレーのワンピースを着て黒いコートを羽織った。帽子も被ってサングラスなんかしてみる。「似合わない……」鏡を見るとかなり怪しいけど、雑誌の記者に追いかけられるのは怖い。変装をして存在を隠した。本当は大好きな大くんのライブだからお洒落したいところだけど、我慢しなきゃ。地味で存在感を消した格好をしたおかげで、コンサート会場までバレずにたどり着けた。安心して関係者席に座っていると、大くんの事務所大澤社長が来て、私の隣の席に座る。「美羽さん」「は、はい……」「今後の大樹の人生を頼むわね。もしかしたらまったく売れなくなるかもしれないけど、どんな時も支えてあげてほしいの」「わかりました」今までは目の敵にされていたけど、今日はすごく優しい目をしている。「事務所としても大きな決断よ。でも、紫藤大樹の持っているタレント力を信じることにする。あの子が私の夢を叶えてくれた人だから」「……夢、ですか?」「芸能事務所を作って世の中にタレントを送り出して、人々がエンターテイメントを楽しむお手伝いをしたい。……これが、夢だったの。事務所が成功したのはCOLORのメンバーのおかげなのよ。だから、今度は彼らの夢を叶えてあげたいの」ライブ会場であるドームには、ほとんどお客さんが埋まっていた。「大樹の夢は温かな家庭を作ること。赤坂は絵がうまいの。個展を開きたいんだって。黒柳は自分で作詞作曲をしてプロデュースしたいんだって」「皆さん、素敵な夢ですね」「美羽さんは……?」「そうですね」できることなら大くんの赤ちゃんを産みたい。その夢は叶う日が来るのだろうか。「いっぱいあります」「そう。お互いに叶えていきましょうね」「はい」「そろそろはじまるわよ」
会場が真っ暗になると大歓声が湧き上がる。そしてステージの照明が点くとCOLORの代表曲と共にメンバーがステージに登場。軽やかにダンスして歌う姿が画面に大きく映し出される。汗がキラリと光っていて一生懸命にパフォーマンスする姿に心が震えた。こんなにすごい人の奥さんになるなんて信じられない。ファンの皆さんは応援してくれるだろうか。胸に響く音楽の中、いろいろと不安の中にいた。感動の中アンコールまで終えたがステージはまだ明るいまま。他にあるのかなとその場で留まっているとCOLORメンバーがステージに再び上がってきた。キャーキャー言う声援が収まると大くんがマイクを握った。「皆さんにお知らせがあります」いつもより真剣な口調で言う。静まり返る会場内。緊張感が漂っている。COLORを見つめるファンは、不安そうにペンライトを握りしめている。「先日の報道についてですが、一部誤りもありましたが事実です。十年前に彼女と出会い恋に落ちました。彼女のお腹には子供が宿りましたが、お腹の中で亡くなりました。その頃、COLORとして活動をしていた僕を応援してくれた彼女は、僕との別れを選びました」ゆっくりと、でもハッキリとした口調で語る大くんの姿をじっと見つめる。赤坂さんと黒柳さんもうなずきながら話をする大くんを見守っていた。「その彼女と再会しました。そして、ふたたび僕と彼女は恋をしました」大澤社長は優しい目でステージを見ている。「僕は素晴らしいファンとスタッフに恵まれてここまでやってこれました。大変に感謝しております。僕はこれから一人の男として彼女と結婚をしたいです。……皆さん、こんな俺ですがこれからも応援してくれますか?」――結婚。大くんは大勢の人の前で宣言をしてくれた。それほど、真剣に思ってくれているんだ。心が温かくなる。じわじわと込み上げてきた。しかし、会場は複雑そうな空気に包まれている。「よろしくお願いします」マイクを通さずに全力で頭を下げた大くん。私は思わず泣きそうになった。それでもファンは困惑しているようで会場は静かなままだ――。すると黒柳さんと赤坂さんもマイクを通さずに「お願いします!」と叫んでくれた。パチパチと拍手をしてくれたのは、大澤社長だ。その拍手の音がだんだんと広がっていき大拍手に包まれた。大くんの熱くて真っ直ぐな
ライブを終えて打ち上げが終わったのは朝方だった。私と大くんは昼頃にベッドの上で目を覚ます。そっと目を開けると大くんと目が合った。「おはよう、美羽」吐息のような声で囁かれた。もう、誰かに過去を隠して生きていくことはない。私と大くんらしく生きていければいい。大くんの手がそっと伸びてきて頬を包まれた。そして唇が重なり合う。唇が離れると熱を帯びた目で私を見つめる。「……なんか、できそう」「え、何が?」「美羽を愛せそう。途中で駄目だったらごめん」起き上がった大くんは覆い被さってきた。そして私の首筋に吸いつく。チクっと甘い痛みが走る。だけどその痛みは快感へと変わって、私は甘い声が溢れてきた。「無理……しないで」「好きだから、愛してるから、抱きたくなるんだ。すべてから解放されて安心して美羽を愛せるんだって思ったら、案外、早く治ったみたいだな。最後までできるか心配だけど……」嬉しそうに笑った大くんの唇は、鎖骨にキスを落とし、胸に辿り着き、お腹の上に滑り落ちて、太ももにたどり着いた。過去に抱かれた甘酸っぱい果実のような感情とは違って、甘い感情が込み上げてくる。あの頃は、お互い子供だった。でも、必死で愛していたのは間違いない。何度も切れてしまいそうになる快楽の糸を、大くんは焦らしながら速度を上げていく。プチンと切れた糸の先に繋がっていたのは、想像を絶するほどの素晴らしい世界だった。――もう、誰にも邪魔をされずに愛し合えるんだ。一つになれたね、大くん。大くん、私を見つけてくれてありがとう。「美羽、ありがとう」私と大くんは汗と涙にまみれていた。二人を太陽が照らしキラキラとしていた。
+「今日で退職することになりました」三月三十一日。朝礼で挨拶をさせてもらった。大くんと話し合って家庭に入ることにした。できることなら子供を授かって温かい家庭を作りたいねと、二人で決めた。長い間、お世話になった会社を退職するのは寂しい気もしたけど、家のことを頑張って大くんを支えていく人生を選んだ。私と大くんの婚約が発表されてから、大くんの事務所社長は甘藤に挨拶に来てくれた。甘藤の社長とも理解し合えこれからも、お付き合いして行くことになった。「私はCOLORの紫藤大樹さんと婚約しました。マスコミが来たり、ファンの嫌がらせがあったりと、会社にはいろいろご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません。私にとってこの会社は私を育ててくれた場所です。心から感謝します。そして、本当にありがとうございました」頭を下げると皆さん祝福の拍手を送ってくれ、千奈津が花束を渡してくれる。「幸せになってね」「ありがとう」杉野マネージャーも温かく前向きに退職することを受け止めてくれ、笑顔で送り出してくれた。一日仕事を終えてデスク周りを片付けて、もう一度部署を見渡す。明日からはもうここに来ない。新しい人生がはじまるのだ。ちょっと寂しいけど、胸には温かいものが広がっていた。頭を下げて会社を出た。
「ただいまー」仕事を終えた私は大くんのマンションに帰って来た。三月はじめから同棲している。慣れない料理をインターネットで検索しなんとか調理する毎日。インターネットさまさまだ。今日、もらった花束を花瓶に入れようと準備していると、下に落として割ってしまった。「ど、どうしよう!」あたふたしていると、テレビには大くんが映っている。あ、大くんっ。目をハートにして見ていると……「おい、危ないだろう」呆れた声が後ろから聞こえて、驚いて振り向くと大くんが立っていた。「お、お帰り」「テレビの俺に夢中になって後ろにいる俺に気がつかないって……」苦笑いされて恥ずかしくなってくる。しゃがんで片付けようと手を伸ばすと「触るな」と怒鳴られる。「危ないから俺がやるから」手際よく片付けてくれる。結局、二人で料理をして夕食を食べていると、寧々さんが乱入してきた。たまに現れて夕食を一緒に食べている。でも、本当に大くんのことは諦めてくれたみたいで今は友達として接してくれているから、安心だ。「今日も二人から声をかけられちゃって。もう、イケメンとか見飽きたから私も一般人と付き合っちゃおうかな。美羽ちゃんみたいな地味な感じのサラリーマンとか。あ、美羽ちゃん、誰か紹介してよ」「地味って言うな。美羽は素朴で可愛いんだから」地味、素朴……うーん、なんか、微妙な気持ち。「あーあ。なんか愛されたいなぁー」こんなに綺麗だからすぐに見つかりそうな気がするのに、運命の人ってなかなか出会えないものなのかもね。寧々さんはお腹いっぱいになって話したいことを話すと、帰っていく。自由人である意味羨ましい。寧々さんを見送りリビングに戻った。ソファーに座っている大くんに後ろから抱きつく。「なーに、美羽」チョコレートのように甘い声で言って上を向いた大くんに引き寄せられてキスをする。唇が逆さまなキス。私の愛を全て受け入れてくれる。そんな大くんが大好きで、たまらない。「こっち、おいで」「うん」大くんの隣に座ろうとしたら、大くんは自分の太ももをポンポンと叩く。「美羽から誘ってくれるなんて嬉しい限りだ」「誘っているんじゃなくて」楽しそうに笑っている顔を見ると幸せな気持ちが胸いっぱいに広がってきた。夫婦になったらまたいろいろな難があるかもしれないけれど、苦しいことを乗り越
続編第一章 小さな嘘と遠慮部屋には春らしい優しくて温かい光が差し込んでいる。窓から見える空はほどよく白い雲が浮いている。私は押し花しおりが置かれている『はな』のお供えコーナーに手を合わせていた。大くんの家に住むようになってから、お供えコーナーを作ってくれた。生まれて来ることはできなかったけど、お腹の中で生きていた事実は消えないし、いつまでも忘れたくない。「今日も、パパがお仕事を無事で安全に、精一杯頑張ってこられますように」手を合わせてお願いをする。「ありがとう、美羽」後ろから愛しい大くんの声が聞こえて、赤面してしまう。聞かれてしまった。心の声をつい口に出してしまった。あぁ、恥ずかしい。隣に座って大くんも手を合わせた。「今日もママが元気に暮らせますように」優しい言葉。同じ言葉でも大くんが発すると柔らかくなる気がした。耳に言葉が届くたびに胸が温かくなる。この人を好きになってよかったと、いつも思っているのだ。正座したまま見つめ合う。「おはよう、美羽」「おはよう、大くん」日常の挨拶を面と向かって言えることが、こんなにも幸せだとは想像していなかった。予想はしていたけれど、こんなにも素晴らしいとは思っていなかったのだ。好きな人と過ごす時間は贅沢をしなくても素晴らしいものがなくてもキラキラと輝く宝石よりも価値があると思っている。大くんは、私の手を取った。大きい手だ。そして、左手の薬指を擦る。「…………美羽。指輪つけてって言ってるだろ。どうしてつけてくれないのかな」ちょっとだけ、ふくれた大くん。クリスマスにプロポーズしてくれた時に、買ってくれたダイヤのリングだが、どこかに落としてしまいそうでつけられずにいた。大事に保存している。「だって、あんな高価な物……、万が一落としちゃったら怖いし……」「リングをつけてくれなきゃ、俺の女だって証明できないでしょ。他の男に取られたら困るんだよ」そんなに心配することないのに。私は一途だ。私は面白くて、笑ってしまう。「ないない。私を好きになってくれる人なんて、大くんしかいないよ」大くんはムッとして私を引き寄せる。筋肉質な大くんの胸の中に包まれた。相変わらず、いい香りがして、抱きしめられるだけで胸が疼く。「美羽は、自覚が足りない。世界で一番美しいし、可愛いし、いい子だよ」なんだか
大くんの仕事の関係もあるから、まだはっきりと入籍日を決めていないのだ。大くんと住み始めて一ヶ月が過ぎていた。仕事を退職してから今は大くんの家で炊事洗濯をしている。苦手な家事だが、働かず家にいてもやることがないので、自分なりに頑張っているつもりだ。余計な仕事増やしていないか心配だ。私も食卓テーブルについて一緒に食事をする。「えっと、今日はテレビ収録と……雑誌撮影だっけ?」「ああ。あとは打ち合わせがあるよ。年末番組のね」「忙しそうだね」「まあ、仕事をもらえていることに感謝して頑張ろうと思ってるよ」スターの鏡のような人だ。感謝する気持ちがどんどんと大くんを大きくしているのかもしれない。大くんは、週に一度は休みがあるけど、一緒にお出掛けはあまりしていない。オフの日は仕事場で出会った人と飲み会があって忙しそうだ。本来彼はマイペースでゆっくりとした時間を与えなければストレスで駄目になってしまうタイプ。これからもずっと共に暮らしていくことになると思うけれど、家にいる時はストレスをなるべくかけないようにしようと思っている。そうは言っても難しいかもしれないけれど……なるべく頑張っていきたい。それにまだ入籍前だから堂々とは外へ出れない。ドライブとかしたいな。普通にデートしてみたい。芸能人と結婚するのは色々不自由があるけど、でも、好きな人と一緒に過ごせることに感謝しようと思う。「スタジオに一緒に来る?」「……え、いいよ。大丈夫」「そうか。俺は美羽を連れて行きたいけどね」ふわりと笑ってカットしたフルーツをパクっと食べた。大くんの笑顔には本当に癒やされる。食べられたフルーツまでもが幸せそうに見えた。「ご馳走様でした」立ち上がって自分で食器を下げる大くん。時計を見ると、まだ朝七時なのに出かける準備をする。ああ、もういなくなっちゃうのかと思うと寂しくなった。私も食器を下げて大くんの後をくっついて歩く。何かしてあげたいけど、一人でテキパキと行動してしまうので私はまるで金魚のふん状態だ。大くんにとって私は必要ないのではと思ってしまう。大くんの携帯が鳴る。池村マネージャーが下まで迎えに来たみたい。「行ってくるね」玄関まで一緒に行ってお見送りをする。出て行く前に一度振り向いて頭を撫でてくれた。そして、出て行ってしまった。ドアが閉まると
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。